伝説・よもやま話

立石にいた春日山の狸

奈良阪町字立石(たていし)「緑が丘浄水場(じょうすいじょう)」の北側は畑で、この畑から続いて西方へは赤松や雑木が茂っていた。

ここに春日社の森から来た狸(たぬき)が住んでいたらしい。

この一帯は昭和53年(1978)から始まった奈良阪開発で、今は「青山住宅地」と化している。また畑は奈良阪町の杉本庄司氏所有で、平成3年(1991)に奈良市が管理する野球場になり、当時の面影はなくなった。

開発されるまでは、この辺に下草(榊・さかき)が生えていて、神棚や墓参用として手近で採るのに便利であった。

以下、古老の話である。

ある日、いつものように下草(榊)を採りに山へ入ったが、ある場所まで行くと背筋がゾーッと寒くなる。

まるで何かに憑かれたかのようだ、先へ行けず引き返すしかなかった。

こんな事が何度か続いたある日のこと。いつもの所まで行くと、向こうの方に良い下草があるのが見えた。

下草(榊)

採りに行こうとするが、やっぱりこの日も気持ちが悪くなり、背筋に寒気がしてどうしても前へ進むことが出来なかった。

そこで一人では心細いから、と畑で仕事をしている雇人に付き添ってもらい、二人で山へ入ることにした。

先ほど見つけておいた下草があるところを目指すと、今度は不思議と何事もなく進むことができた。

ところが下草の辺りまで行くと、おっとびっくり!

足元に口径1mほどもある深い洞穴(ほらあな)が口を開けていたのである。

一人で来て、もしこの穴に落ちたら、永久に見つけてはもらえないだろう、とまた背筋がゾーッとした。

しかし不思議なことに、なぜか気分も周辺も明るくなったような気がしたのである。

二人は「ここには洞穴があって危ないところである」と確認をしあって、下草を採って帰った。

・・・その夜のことである。
夢枕に一匹の狸が現れた。

狸は

「今日はあの洞穴をよう見つけてくれた。この日を待っていたが、これで安心して春日山へ帰ることが出来る。

あの時の魚の御礼返しが出来たぞ。」

と言った。

夢から覚め、この夜は朝まで眠れなかった。



そして古老は「忘れていたが、思い出したことがあってなぁ・・・」と続けた。

「あれは半年ほど前の寒い冬の事。ちょうど畑の西南側に野池があって、大きな鯉(こい)が死んで浮いていた。

狸か狐の餌にでもなれば・・・と思いながら竹竿(たけざお)で岸の方へ寄せて土手へ鯉を上げておいたのだった」と。

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