伝説・よもやま話

狼の血を引く子犬

初めての荷引き

昔、奈良阪町字狼谷(現在・青山住宅地)を中心とする付近一帯の山には狼がいたそうである。

夜になると、時々狼が山で遠吠えするが、市坂や梅谷(京都府相楽郡)の村々では、「牛がおびえ、牛舎で暴れて困った」と、何時も立ち寄るテエヤンの茶店でお茶を飲みながら世間話をしていた、と古老は言う。

市坂のある家でかわれていた犬は雌のあほ犬で、餌食らいのため飼い主は「狼に食われてしまえばよい」と思いある日、裏山へ犬を連れていき、つないでおいたそうである。

ところが翌朝、犬は綱を切って帰ってきた。いつの日か、この犬が狼の血を引く子供を産んだのである。

ある日のこと、この子犬もある程度大きくなったので、奈良の街へ竹を売りに行く荷車の先引きをさせて奈良阪町まで来た。

当時、奈良阪町でも軒並み犬を飼っていたので、この子犬を見ると吠えながら喧嘩を仕掛けに近寄ってくるが、さすが狼の血を引く犬だけあって、体は小さいが大きな犬にも喧嘩は負けなかったそうである。

狼の血を引き、野生の闘争本能をもつこの子犬は、吠えもせず相手が近づくと、相手の腹に潜り込んで腹や喉首に嚙みつくので、大きな犬でも敵わなかったようである。

竹売りのため先を急ぐ飼い主は、「犬の喧嘩にかまっていては遅くなるし、もうここから奈良の街へは下り坂」先引きの犬を解き外して、奈良のまちへ向かった。

飼い主がちょうど奈良のまちへ着くころ犬は追いついたが、奈良には「春日の鹿」がいた。犬は鹿を見つけるなり、公園中鹿を追い掛け回した。これを知った人力車引きの連中は、車宿から棒切れや竹竿を持って飛び出し、野良犬と思いこの犬を殴り殺してしまった。奈良公園の鹿は春日神社の神鹿として崇められていた。飼い主はこの情景を目の当たりにしながら、愛犬を助けられず、大変無念であったがどうすることもできなかった、と嘆いていたそうである。

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